ブリア=サヴァラン『美味礼讃』(その4・ワイン)

ワインのボトル

ワインのボトルといえば、750ml のものを思い浮かべますが、そうなったのは19世紀末のことだとして、玉村豊男さんは、つぎのように解説しています。

「ワインを入れるガラス容器は古代からあったが、現在のような一定の形状をもったボトルができたのは、近代的なガラス工業の技術が確立した十九世紀末以降のことである。それまでのガラス瓶は、樽から食卓へとワインをもち運びそこからグラスに注ぐための容器(ピッチャー/キャラフ)として使われており、形状もいびつだったから、コルクで栓をすることはできても横に並べて積み重ねることはできなかった。」(『美味礼讃』下巻、89頁)

このような事情のもとでは、ワインの大量輸送にも不向きでしょうし、美味しさはともかくとして、ワインに安定的な味をもたらすことはできなかったでしょう。たしかにサヴァランもワインを大いに楽しんでいたことは確実ですが、かれが楽しんでいたワインは現在のものとはだいぶ違うものだったといえると思います。

そして、ボトルの安定供給のせいだけではないでしょうが、19世紀後半以降のフランスでは、ワインの生産量が大幅に伸びていきます。

といっても、サヴァランの時代も19世紀後半も、人びとの間の経済格差には大きなものがありますから、フランスでも、多数の人がワインを楽しんでいたとはいえないでしょう。

いろいろな経過を受け、現在では、意欲的なワイナリーがよいワイン造りに励んでいます。

七面鳥とワイン

サヴァラン『美味礼讃』より100年ほど前に描かれた絵を見てみましょう。(サヴァランがこの絵に言及しているわけではありませんが。)オランダ黄金時代の画家ピーテル・クラース(15971660)の作品です。

 

Still Life with Turkey Pie 1627 Pieter Claesz

ピーテル・クラース「七面鳥のパイのある静物」(1627年)
パブリックドメイン
アムステルダム国立美術館蔵

この絵の真ん中に、白ワインが注がれたグラスが見えますが、私たちになじみのあるボトルはみあたりません。左端に見える水差し状の容器にワインが入っているのでしょうか。
この絵のタイトルは「七面鳥のパイのある静物」ですが、サヴァランは七面鳥が大好きだったようで、『美味礼讃』の「第6章 スペシャリテ(食べものあれこれ)」では、七面鳥の節を設けてその嗜好を吐露し、夕食に振る舞うご馳走として栗とソーセージを詰めた七面鳥を、特に「トリュフ詰め七面鳥」を絶賛しています。
この絵の手前側にレモンと牡蠣が見えます。サヴァランは、「嫌になるほど」牡蠣を食べた話を記しています。レモンは当時、南イタリアあるいはシチリアなどからの輸入品でしょう。(カキについては、この連載の2回目・チーズの回でも少しふれました。)


フェルメールの描いたワイン容器

日本でも非常に人気のあるフェルメール(1632-75)に、ワインを描いた作品があります。

Jan Vermeer van Delft 018
フェルメール「紳士とワインを飲む女」(1660-61年頃)
パブリック・ドメイン
絵画館(ベルリン)蔵

 

この絵の場面は、サヴァランより150年ほど前のオランダ。女性が持つグラスはガラス製でしょうが、男性が持つ容器は陶器製です。男性は、この女性を歓待しているのでしょうから、ワイン容器も当時としては立派なものだったとみるのが自然です。

ルノワールの描いたワインボトル

フェルメールのこの絵にみえるワイン容器に比べると、ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919年)の「船遊びをする人々の昼食」に描かれているのは、現在とほぼ同様の形状のワインボトルです。

Pierre-Auguste Renoir - Luncheon of the Boating Party - Google Art Project

 パブリック・ドメイン
ルノワール「船遊びをする人々の昼食」(1880-81年)
フィリップス・コレクション(ワシントンD.C.)蔵

食事の楽しみ

現在とサヴァランの時代で、ワインやその容器が異なるものであったとしても、変わらないこともあるでしょう。その点で、この連載の1回目でふれたロラン・バルトは、サヴァランについての本で、ブリア=サヴァランのことを「B=S」と略記しつつ、つぎのように書いています。

「ワインは食事という全体の一部分であり、B=Sにとって食事の本質は人と共に楽しむところにある〔中略〕。人は食べながら飲むのであり、食べるときはつねに仲間といっしょなのである。」(バルト、1011頁)

べつにバルトを持ちだすまでもなさそうな話ですが、サヴァランの論の一面をたしかに言い当てていると思います。

「食べるときはつねに仲間といっしょ」などというところを読みますと、コロナ禍がそれを奪っていることを改めて感じさせられます。

(藤尾 遼)

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